名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)2496号 判決 1991年1月23日
原告 株式会社アルファ
右代表者代表取締役 吉田邦男
右訴訟代理人弁護士 深見章
被告 高井勇
被告 高井ちず子
被告ら訴訟代理人弁護士 近藤倫行
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一、請求
被告らは、連帯して、原告に対し、金二億五〇〇〇万円及びこれに対する、被告高井勇は昭和六三年八月二〇日から、被告高井ちず子は同年同月二一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二、事案の概要
本件は、被告らから別紙物件目録記載の土地と建物二棟(以下「本件土地」、「本件建物一、二」という。)を買い受けた原告が、右土地建物の売買契約を結ぶにあたって、被告らから本件建物一に隠れたる瑕疵があることを知らされなかったために、転売の目的を達せられず、損害を被ったとして、主位的に民法七〇九条に基づき、予備的に民法五七〇条に基づき、その賠償(転売利益の内金の支払)を求める事案である。
一、争いのない事実
1. 原告は、被告らとの間で、昭和六二年七月一日、被告ら所有の本件土地建物を合計八億五〇〇〇万円で買い受ける契約を結んだ。
2. 本件建物一の東側壁面は、その東側に隣接するビル(東隣り建物)の西側壁面と共用の状態(いわゆる一枚壁)となっている。
二、争点
1. 本件建物一の東側壁面が東隣り建物の西側壁面と共用の状態(いわゆる一枚壁)となっていることは隠れたる瑕疵となるか。原告は、右瑕疵を知り、また知りうべきであったか。
2. 原告の主位的請求(不法行為に基づく損害賠償請求)
(原告の主張)
被告らは、本件建物一の東側壁面が東隣り建物の西側壁面と共用の状態(いわゆる一枚壁)となっていることを熟知しており、かつ原告が本件土地上に存在する本件建物一、二を取り毀し、更地として転売する目的で本件土地建物を取得しようとしていることも十二分に承知していた。
したがって、被告らは、原告に対し、「一枚壁」という重大な瑕疵のある事実を知らしめる作為義務があるのに、被告らはこれを告げなかったから、右不作為は不法行為に該当する。
(被告らの主張)
一般取引において、本件のような一枚壁の事実を相手方に告げるべき作為義務があるとは到底考えられない。また、本件建物一は一枚壁であっても取毀しは可能である。
3. 原告の予備的請求(瑕疵担保に基づく損害賠償請求)
(原告の主張)
本件建物一に前記隠れたる瑕疵が存在したため、原告は、本件土地上に存在する本件建物一、二を取り毀し、更地として転売する目的を遂げることができず、転売利益を喪失した。
(被告らの主張)
一枚壁の事実は「瑕疵」でもなく、「隠れたる」瑕疵でもない。仮に隠れたる瑕疵にあたるとしても、せいぜい信頼利益の賠償を求めうるにすぎず、原告主張の履行利益を請求することは失当である。
4. 原告に損害は発生しているか。
(原告の主張)
原告は、被告らから、本件土地建物を八億五〇〇〇万円で買い受けたものであるが、本件建物一、二を取り毀し、更地として転売すれば、一二億九二〇八万円で売却することが可能であったので、その差額四億四二〇八万円の内金二億五〇〇〇万円を請求する。
(被告らの主張)
原告は、昭和六三年八月二日本件土地建物を代金一〇億一五八七万円で訴外三宝商事株式会社に対し売却して利益を得ており、損害は発生していない。
第三、争点に対する判断
一、争点1(隠れたる瑕疵の有無)について
1. 検証及び被告高井勇本人によれば、本件建物一は、建築の時点から東隣り建物と一体として築造されていることが認められるので、一枚壁となっていること自体は直ちに瑕疵となるものではない。
もっとも、証人柴田謙一(第一回)、原告代表者(第一回)、被告高井勇本人によれば、原告は、本件建物一、二を取り毀して本件土地を更地にして転売する目的で、被告らから本件土地建物を買い受けており、被告高井勇もこの目的を知っていたことが認められる。また、甲八及び証人平野保を総合すると、本件建物一だけを東隣り建物から分離して単独に取り毀すことは、技術的に不可能ではないものの、取毀し工事に要する費用、東隣り建物への影響、被害弁償等を考慮すると、社会的には取毀しは困難であると認められるので、一枚壁の事実は、その限度において契約当事者間では「瑕疵」になりうるものといえる。
2. 検証によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件建物一の北側道路上から本件建物一及び東隣り建物の北側(正面)部分の境界付近(本件一枚壁の北端地上付近)を見ると、本件建物一はタイル張り壁面、東隣り建物はコンクリート製白色ペンキ吹き付け壁面というように、明らかに仕様が異なっており、建物正面を全体として見ても、外見上はそれぞれ独立した建物のように見える。しかし、本件建物一の東側壁面と東隣り建物の西側壁面との間に隙間は全くなく、両建物の壁面が密着していることもまた、外見上明らかである。
(二) 本件建物一、二の南側空地上から本件建物一及び東隣り建物の南側(裏側)部分の境界付近を見ると、両建物は屋階部分を共有しており、両建物の屋階にまたがって塔屋が設置されていることは外見上明らかである。
3. 証人平野保及び被告高井勇本人は、被告高井勇及びその売買契約の代理人である平野保から原告に対し、本件売買契約締結前及び昭和六二年七月一日の現地見分時に、本件建物一と東隣り建物とが一体の建物であることは説明してある旨それぞれ供述するが、仮にそうであったとしても、証人柴田謙一(第一回)及び原告代表者(第一回)に照らすと、原告が一枚壁の事実を十分認識しうる程度に明確な形で説明がなされたものとは認めることができない。
4. しかし、証人柴田謙一(第一回)、同平野保、原告代表者(第一回)及び被告高井勇本人を総合すると、原告は、不動産仲介業という土地建物取引の専門家であること、昭和六二年七月一日には被告高井勇から原告に対し本件建物一の図面が交付されていること、もっとも、原告は、取毀しが目的であるので建物図面にはさほど関心がなく、注意して検討することもしなかったこと、右同日柴田謙一、平野保、原告代表者及び被告高井勇が現地に赴き、本件土地建物を見分し、境界の確認等をしたことが認められる。
5. 以上の事実を前提に判断する。
本件建物一の建物図面を検討し、現地において本件建物一の外観を注意して(特に南側空地から屋階部分を)見分すれば、本件建物と東隣り建物とが壁面を共用するいわゆる一枚壁の構造になっていることは認識可能であるというべきである。しかるに、原告は、不動産仲介業という土地建物取引の専門家として、建物の取毀しを予定しているのであるから、当然取毀しが可能か否か調査すべきであるのに、本件土地を更地にして転売利益を得ることの方に関心があるのみで、本件建物一の取毀しが可能か否かの調査については、これを怠ったものというべきであり、原告にはこの点において過失があったと認められる。したがって、一枚壁が認識可能であり、原告に右過失がある以上、一枚壁の事実は「隠れたる」瑕疵ということはできない。
二、争点2(不法行為に基づく損害賠償請求)について
前記のとおり、原告が本件土地を更地にして転売する目的であることを被告高井勇も知っていたことは認められる。
しかし、証人平野保及び被告高井勇本人によれば、被告高井勇及びその売買契約の代理人平野保は本件建物一の取毀しは技術的に可能であると考えていたことが認められること、前認定のとおり、被告高井勇は、原告に対し、本件建物一の建物図面を交付していること、原告は、不動産仲介業という土地建物取引の専門家であること、本件建物一が東隣り建物と一枚壁であることは注意して調査すれば認識可能であったこと等を考慮すると、被告らが原告に対し、原告が一枚壁の事実を明確に認識するように十分説明すべき注意義務があるとまではいえない。また、被告高井勇が故意に一枚壁の事実を隠蔽し、原告を欺こうとしていたことを認めるに足りる的確な証拠もない。
よって、不法行為を前提とする原告の主張は採用することができない。
三、争点3(瑕疵担保に基づく損害賠償請求)について
前判示のとおり、一枚壁の事実は「隠れたる」瑕疵にあたるものとは認められないから、原告の主張は、その前提を欠くことになり、採用することができない。
四、結論
以上の次第で、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから棄却する。
(裁判官 芝田俊文)
<以下省略>